アベガーの生きがいとは?政治家を必死に叩く意味や理由を考察してみた

安倍元総理の悲しい報道があって以降、

『アベガー』という言葉がトレンドワードとして急拡大しています。

アベガーとは「安倍が~~~」と安倍さんに対してよく批判的な意見を言っている人を表すネットスラングです。

今回は、

このアベガーさんたちの生きがいについて考察していこうと思います。

もくじ

アベガーの生きがいとは?必死で叩く意味や理由について

 abegaa

アベガーと呼ばれる人たちは、どういったところに『アベガーをすること』に生きがいを感じているのでしょうか。

ストレスを発散できること

ストレス発散のイラスト

SNSで誹謗中傷している人や、学校でイジメをしている人たちの心理にも近いですが、

誰かを攻撃することで快感を得ている、あるいはストレスを発散しています。

アベガーの場合は自分なりの政治的意見を持って批判するため、単なる誹謗中傷やいじめとは違いますが、それでも「誰かを批判することで快感を得ている」という部分は同じです。

自分の人生を正当化できること

安倍さんに否定的で必死に叩いているアベガーたちは、

自分たちの生活や人生が上手くいっていないこと、充実していないことが政治や安倍さんのせいだと本気で思っています。

言葉選びが難しくどうしても直球的になってしまいますが、

人生は自分で努力して良くしていくものではなく、政治(国)が良くしてくれるというのが彼らの価値観です。

安倍さんを必死に叩いているあいだは原因を自分に向けなくても良くなるため、心が保たれます。

言い方を変えれば、

自身の努力不足に目をつむり「安倍のせいだ!」と考えることで、自分の人生が上手くいっていないことを正当化しているのです。

アベガーをしていなければ『現実の自分』が目に入ってしまい、心が壊れてしまうためアベガーをすることが生きがいになっています。

自分が頭が良くて「分かってる」気になれること

粗を見つけ、それっぽい理論で武装して批判すれば、まるで自分は頭が良くて、何もかもお見通しで、核心を突いたことが言えているような優越感に浸ることができます。

新型コロナで陰謀論を主張して、「俺分かってる」「私見抜いてる」「誰にも騙されず真実を理解できている」気になって、謎の優越感に浸ってるアレと同じですね。

日常的に劣等感をかかえていたり、優遇されなかったり、無能さに絶望している人が

「安倍が~~」と言って批判をすることで優越感を得て、心のバランスを保っています。

だから生きがいというより、劣等感や無能感を埋めるためにアベガーをすることが辞められないのです。

「国のために正しい行動をしている」という正義感が得られること

安倍さんの政治活動を批判したり、粗をつついたりすることで、自身も政治活動に参加していて「国のため」に正しい行動をしているという、そんな正義感を得ることができます。

だけど冷静に考えれば、

仕事を頑張るとか、起業して便利な商品・サービスを広めるとか、稼いでたくさん税金を納めるとか、ボランティアなどをして社会貢献をするとか。

そういったことの方が遥かに「国のため」「世のため」になるのに、努力するのが億劫だから、手っ取り早く正義感を得るためにアベガーをしているのです。

コミュニティへの帰属意識(帰属感)を得られること

同じ価値観や理念のもとに集まり形成されたコミュニティに自分の居場所がある感覚は、人に大きな幸福感を与えます。

今はSNSも普及していて、手軽に同じ価値観を共有したり、コミュニティを作ることも可能です。

アベガー同士で「安倍が~~」と言っていれば、仲間意識が芽生えるし、漠然とした大きなコミュニティーに自分の居場所がある感覚を味わえるので、

特にリアルに友達がいない人とかはアベガーをすることが生きるために欠かせない大切な活動…つまり生きがいになるのです。

アベガーは安倍が居なくなっても『批判の対象』が変わるだけ

安倍さんが亡くなっても、アベガーが何かを批判してそれを“生きがい”にすることはやめないでしょう。

森友学園などの過去の問題への追求は引き続きやっていくでしょうし、

今なら国葬に反対する活動に熱を入れています。

森友問題や国葬の是非についてはここでは語りませんが、

安倍さんが居なくなってもアベガーの『批判の対象』が変わるだし、

誰が総理大臣になっても、どこの党が政権を握ろうとも手放しで満足することはないでしょう。

“生きがい”になってしまっている以上、アベガーを辞めることは出来ないのです。

【最後に】アベガーの生きがいや、必死で叩く意味について

アベガーの生きがいとは、安倍さんを必死に叩くことにより快感を得たり、自分の人生が上手くいっていないこと正当化したり、劣等感や無能感を埋めてかりそめの優越感を得たり、正義感を得たりすることです。

そうしていないと心のバランスが保てず崩壊してしまうので、安倍さんがなくなっても『批判の対象』が変わるだけで、真の意味でアベガーを辞めることはないでしょう。

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