最大27店舗! バルセロナにも出店!? 林家木久扇が「木久蔵ラーメン」を始めた経緯を語る のポイントをまとめてみた

引用元のマイナビ様はこちらから

木久蔵ラーメンの歴史と広がり 〜笑福亭鶴瓶と林家木久扇の対談〜

もくじ

はじめに

「TOKYO SPEAKEASY」は、TOKYO FMで月曜から木曜の深夜1時に放送される「ラジオの中のBAR」として人気を集めています。この記事では、笑福亭鶴瓶さんと林家木久扇さんが出演した際に語られた、木久扇さんが考案した「木久蔵ラーメン」の歴史について振り返ります。

木久蔵ラーメン誕生のきっかけ

工業高校時代の友人たちとの縁

鶴瓶さんが「なぜ噺家がラーメン店を始めるに至ったのか」と質問すると、木久扇さんは意外な背景を語りました。もともと木久扇さんは工業高校の食品化学工業課程を卒業しており、多くの友人が食品関係の職に就いていたのです。

「パン屋さんやハム屋さんの友人たちが集まる総会の後、皆で酒を飲みながら楽しく話していたときに『自分たちの店を出そう』という話になった」と木久扇さんは振り返ります。横浜にあった繁盛していない喫茶店を友人の助けで借りて、初めてのお店を開業したのがきっかけでした。

「笑点」との両立

その頃すでに木久扇さんは日本テレビ系の人気番組「笑点」に出演していました。「笑点」の知名度があったため、木久蔵ラーメンの店は多くのスポーツ新聞に取り上げられ、大きな宣伝効果を生みました。

木久蔵ラーメンの拡大

フランチャイズ展開

宣伝効果により、売れていないラーメン屋から「木久蔵ラーメン」という名前を借りたいという問い合わせが増えました。木久扇さんは友人たちに麺とスープを作ってもらい、これを配達する形でフランチャイズ形式を取りました。

一時期、木久蔵ラーメンの店舗数はなんと27軒に達しました。「27軒のフランチャイズ店があった」と木久扇さんは説明しています。

海外進出と失敗

木久蔵ラーメンの成功は日本国内に留まらず、海外進出も試みられました。特にスペインのバルセロナでの進出が注目されましたが、これは失敗に終わっています。

バルセロナでの店舗はオリンピック前の1年間だけ運営されましたが、「非常に大きな赤字を出した」と木久扇さんは笑いながら語ります。スペイン人が「木久蔵ラーメン」を知らないことや、水道水の問題(白濁していて飲むと下痢になる)などが原因だったとのことです。

さらにスペイン人の多くが猫舌であることも問題となりました。アツアツのラーメンを出しても、しばらくどんぶりを見つめて指で温度を確かめるため、麺が伸びてしまい美味しくならなかったとのことです。

ラーメン事業のその後

笑福亭鶴瓶さんからの問いかけに対し、木久扇さんは「海外でもラーメン店を展開したが、成功とは言い難かった」と苦笑しながらの説明でした。日本の文化や食習慣の違いを理解しきれていなかったことが原因だと言います。

総括

木久蔵ラーメンという成功を収めた一方で、海外展開の難しさも経験した林家木久扇さん。その裏には、食品化学工業課程を卒業したという予期せぬバックグラウンドや、数多くの友人たちとの繋がりがありました。笑福亭鶴瓶さんとの対談を通じて、木久扇さんのビジネス展開の一端を知ることができました。

追加情報

この日の放送内容やさらに詳しいエピソードは「AuDee(オーディー)」でチェックすることができます。また、番組情報については以下の公式サイトをご覧ください。

  • 番組名: TOKYO SPEAKEASY
  • 放送日時: 毎週月-木曜 25:00~26:00
  • 番組Webサイト: TOKYO SPEAKEASY

鶴瓶さんと木久扇さんの続きをお楽しみいただける「AuDee(オーディー)」もぜひご利用ください。

あなたにオススメ

読み終わったらシェアしよう!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
もくじ