山縣亮太は未熟児だった!出生時の体重や今の身長、昔苦労したことは?

陸上・短距離の山縣亮太選手が、100mで日本新記録(9.95秒)を出したというニュースが入りました。

相当な努力をされたことは言うまでもありませんが、
山縣亮太選手は未熟児だったという、他の選手よりもディスアドバンテージを抱えて生まれ育ってきたのです。

出生時の体重は何キロだったのか。今は身長何センチなのか。未熟児のせいで苦労されたことは何なのか。

今回は、山縣亮太選手の未熟児に関する情報をまとめました!

山縣亮太は未熟児だった!出生体重617グラム

山縣亮太

『未熟児』とは、出産予定よりも大幅に早く生まれてしまい、体重が2000グラム未満で体が未熟な赤ちゃんのことです。

山縣亮太選手は、予定よりも2ヵ月も早く生まれてしまい、体が未熟でした。

出生時の体重はなんと617グラム

平均が3000グラムであることを考えると、相当な低体重であることが分かります。

1000グラムの赤ちゃんは救命率90%ですが、300グラム以下だと50%を切るそうで、山縣亮太選手も死亡のリスクを抱えて生まれてきたのです。

現在は身長177㎝で、体重74㎏。未熟児だった後遺症などもありません。

山縣亮太が未熟児で苦労したこと

通常、未熟児として生まれると発達障害・知的障害などを抱える可能性があります。

幸いにも、山縣亮太選手が発達障害や知的障害を抱えることはありませんでした。

しかし、幼いころは肺機能が弱く、背も低くて全体的に非弱だったそうです。

小学校の頃はサッカーと野球を掛け持ちしていたスポーツ少年でした。

小学校4年生の時に学校の代表として市内の陸上大会に出場したところ、陸上クラブに所属してる子供を抜いて優勝したのです。

JOC広島のコーチに才能を評価され、為末大選手が所属していた陸上クラブに入りました。

それが陸上選手・山縣亮太の誕生です。

『未熟児』だったこととの関係性は不明ですが、山縣亮太選手はとにかく怪我ばかりで、
その怪我を跳ね除けて好成績を収めてきたことから「ミスター逆境」と呼ばれています。

気胸を患っていることは、『未熟児』で肺機能が弱かったことと関係していそうです。

こちらは、2021年6月6日に開催された『布施スプリント2021』で、日本新記録(9.95秒)を出したレースです。

『未熟児』として生まれ、陸上はおろか、丈夫に生活できるかどうかも心配された男・山縣亮太の感動的なドラマでした。

まさに「ミスター逆境」ですね!